【リフレインが叫んでいる】 松任谷由美
Ⅰ. 咲 ―彼を思い出す女―
咲は岬の海沿いの道を、ゆっくりと車で走っていた。
助手席には、小さな紙袋。
中には、あの日のカセットテープが入っている。
もう何度聴いたかわからない、彼が作った歌。
「どうして、あの時……優しくできなかったんだろう」
言葉に出した瞬間、胸の奥がきゅっと痛む。
別れて三年。
仕事にも慣れ、友達とも笑って過ごせるようになった。
でも、春になると、決まって思い出す。
ボンネットを赤く染めた夕陽と、
「東京に行く」と言った彼の声を。
その声が、今も消えない。
それが悔しくて、岬に来ることを決めた。
「ちゃんと、さよならを言い直したい」
それが今日の目的だった。
海が見えるカーブに差しかかったとき、
ハンドルを握る手がわずかに震えた。
——まるで、あの日と同じ夕陽だ。
Ⅱ. 祐 ―彼女を忘れられない男―
祐は車の窓を開け、潮の匂いを吸い込んだ。
伊豆に来るのは、何年ぶりだろう。
東京での夢は、形になったようで、ならなかった。
音楽仲間は散り散りになり、
残ったのは、彼女の声をサンプリングした古いデモだけ。
“どうして どうして できるだけ
やさしくしなかったのだろう”
リフレインが、いつもより胸に刺さった。
ふと、思い立った。
——あの歌の原点、岬に行こう。
彼女がいるとは思っていない。
けれど、あの風の中で彼女の名を呼べたら、
それだけでいいと思った。
Ⅲ. 岬 ―再開の軌跡―
夕陽が沈む頃、
岬の灯が一つ、また一つ、灯り始める。
咲は展望デッキへと歩いた。
潮風が髪を揺らし、頬を撫でる。
「もう、終わりにしよう」
そう呟いたとき——
駐車場の方から、
見覚えのあるエンジン音が聞こえた。
足が止まった。
心臓が、痛いほど跳ねる。
祐が、そこにいた。
数年ぶりに見る姿。
少し痩せて、髪に白いものが混じっていたけれど、
間違いようがなかった。
彼もこちらに気づいた。
一瞬、時間が止まったようだった。
「……咲?」
「……祐?」
互いの名を呼ぶ声が、潮騒にかき消される。
次の瞬間、二人は同時に歩き出していた。
何も言わずに、ただ近づいていく。
涙が先に落ちたのは、咲の方だった。
「どうして……ここに」
「お前に……謝りたくて」
祐の声が震える。
咲は首を振った。
「私も、同じこと思ってた。ずっと」
二人の距離がなくなる。
潮風が吹き、夕陽の残光が頬を照らす。
彼の腕が、そっと彼女を包んだ。
あの日よりも静かに、でも確かに。
壊れるほどじゃなく、
今度は——抱きしめたままで。
Ⅳ. エピローグ ―涙のリフレイン―
岬の駐車場に、
古いカセットの音が流れていた。
“どうして どうして 僕たちは
出逢ってしまったのだろう”
祐は笑った。
咲も笑った。
あの日の後悔も、涙も、
もうこの歌の中に閉じ込めていい。
「……さあ、気持ち切り替えて、帰ろっか」
「うん。でも、今度は一緒にね」
エンジンがかかる。
ボンネットに夕陽が映る。
そして二人の影が、
ひとつに重なって伸びていった。
——それは、運命がくれた
“もう一度の春”だった。
ーほいたらねー
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【リフレインが叫んでいる】 松任谷由美
どうして どうして僕たちは
出逢ってしまったのだろう
こわれるほど抱きしめた
最後の春に見た夕陽は
うろこ雲照らしながら
ボンネットに消えてった
ひき返してみるわ ひとつ前のカーブまで
いつか海に降りた
あの駐車場にあなたがいたようで
どうして どうして私達
離れてしまったのだろう
あんなに愛してたのに
岬の灯 冴えはじめる
同じ場所に立つけれど
潮風 肩を抱くだけ
すりきれたカセットを久しぶりにかけてみる
昔気づかなかった
リフレインが悲しげに叫んでる
どうして どうしてできるだけ
やさしくしなかったのだろう
二度と会えなくなるなら
人は忘れられぬ景色を
いくどかさまよううちに
後悔しなくなれるの
夕映えをあきらめて
走る時刻
どうして どうして僕たちは
出逢ってしまったのだろう
こわれるほど抱きしめた
どうして どうして私達
離れてしまったのだろう
あんなに愛してたのに
どうして どうしてできるだけ
やさしくしなかったのだろう
二度と会えなくなるなら