森田公一とトップギャランの【青春時代】
昭和五十年。
彼と彼女は、ともに高校三年生。
進学か就職か、どちらを選ぶかで
学校全体がざわついていた時代。
制服の裾を指でいじりながら
彼女はよく言っていた。
「卒業までの半年で答えを出すの?」
彼女は17歳。
少女と大人のあいだで揺れる、
まさに“青春時代の真ん中”。
愛を「苦しみ」と呼ぶには、
まだ早い年頃だったけれど、
恋をすることで初めて
胸の奥が熱くなるのを知った。
彼は18歳。
同じクラスだけど目立たない
ただ小学校からずっと同じ学校で
彼女が一番気が休める存在で
心を許せる男だった。
彼女の家の前まで送っていっても、
「じゃあな」としか言わない。
そんな二人が、
駅のベンチで肩を並べて話した冬の夜。
彼が、ポケットから小さな紙袋を出した。
「時計買ったんだ。
時間、止まらねぇけどさ……
せめて、見とけよ」
彼女は泣いた。
彼は照れくさそうに笑った。
二人が暮らした“歳月”なんて、まだたった二年。
でも、あの時はそれが“永遠”のように思えた。
そして、いま――。
60代になった二人は、庭のベンチに腰かけて、
あの歌を聴いている。
ラジオから流れる「青春時代」。
「青春時代が夢なんて……
あとからほのぼの思うもの……」
彼女は笑う。
「ねえ、あのときの私、
“愛に悲しむ人”なんて顔に見えた?」
彼は麦茶をすすりながら、
「いや、ただのわがまま娘だった」
と、ニコっとした。
二人は笑いあう。
でも、少しだけ目を伏せる。
胸の奥の甘い記憶が、まだちゃんとそこにあるから。
少女の時とは――14歳から17歳ごろ。
愛に苦しむ人とは――18歳から20代初め。
この歌の“彼女”は、ちょうどその境目。
少女の透明さを脱ぎ捨て、
恋に心をすり減らして、
やがて“大人になる”その瞬間を生きていた。
そして今、60代の二人があの頃を思い出すたびに、
「青春時代が夢なんて」と歌うその声が、
少しだけ優しく、少しだけ悲しく響く。
若さとは、
時間が過ぎて初めて、
“美しかった”と気づける奇跡の季節。
ーおしまいー
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森田公一とトップギャラン 【青春時代】
卒業までの半年で
答えを出すと言うけれど
二人が暮らした歳月を
何で計ればいいのだろう
青春時代が夢なんて
あとからほのぼの思うもの
青春時代の真ん中は
道に迷っているばかり
二人はもはや美しい
季節を生きてしまったか
あなたは少女の時を過ぎ
愛に悲しむ人になる
青春時代が夢なんて
あとからほのぼの思うもの
青春時代の真ん中は
胸にとげさすことばかり
青春時代が夢なんて
あとからほのぼの思うもの
青春時代の真ん中は
胸にとげさすことばかり
最後までお読みくださりありがとうございました。
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