夜に聴く曲 【22歳の別れ】 伊勢正三

30340191_s.jpg

今日は、「雨の物語」の対の歌、「22歳の別れ」です。

「雨の物語」は男性の立場から書いた歌
「22歳の別れ」は女性の立場から書いた歌

「雨の物語」では、は男性の回想から始まり、彼女が部屋を出ていくところの回想からでした。逆に「22歳の別れ」では女性が実際にその男性と別れる当日の話です。この歌両方とも切なく悲しい物語です。親に決められた結婚で別れざるを得なかった時代の話です。

-----------------・-----------------

 何日か、実家に帰っていた。東京に戻るとすぐに俊郎の部屋に勝手に足が向いた。ドアを開けると、いつもの匂いがふわりと迎えてくれた。洗いたてのシャツの香りと、古い木製の家具が染みこんだ部屋の匂い。そのどちらも、葉子の胸をやさしく締めつける。

 「急に来るなんて、珍しいな」
 俊郎は笑った。いつもと変わらぬ声。

 「……うん、ちょっと話したいことがあって」
 葉子は靴を脱ぐ指先が震えているのを、自分でも気づいてしまう。

 俊郎は湯気の立つマグカップを差し出し、葉子は両手で受け取った。温かさが沁みる。けれど、余計に言葉が出にくくなる。

 「元気だった?」
 「まあね。葉子は?」
 「私も、まあまあ」

 こんな会話さえも、胸の奥に針を刺すように重く響く。

 沈黙が流れる。時計の針の音が葉子の心臓の鼓動と競争をしている。

 「ねえ……」
 「ん?」

 「実は俊郎に言っておきたいことがあるの」
 「いったいなんだい」

 葉子の喉は乾いているのに、言葉だけが熱を帯びて滲み出そうとする。
 声にならない吐息が何度も揺れて、最後にこぼれ落ちた。

 「……あ、あなたに“さようなら”って言えるのは、今夜しかないの……」

 言葉を置いた瞬間、堰を切ったように涙が頬を伝い落ちる。止めようとしても止まらず、胸の奥に隠してきた想いがすべて水に変わって流れ出す。肩を震わせながら、彼の視線をまともに受け止められず、葉子は床に崩れ落ちた。

 俊郎は瞬きをした。けれど何も言い返さない。ただ、視線が大きく揺れる。

 「明日になってまた、あなたの手を握ってしまうと、きっとなにも言えなくなる気がするの」 言葉を吐き出すたび、胸が軋んで息苦しい。

 俊郎はマグカップを置き、深く息を吐いた。
 「……そうか」
 その声に、葉子の涙腺がにじむ。

 「覚えてる? 私の誕生日に、たくさんのローソクを立てたよね」
 「あぁ覚えてるさ。葉子は火を吹き消す前に笑いすぎて、ロウがケーキに垂れたんだ」

 「ふふ……そうだったね」
 笑いながらも、頬に涙が伝っていく。俊郎の前で泣きたくなかったのに。

 葉子は深呼吸をして、ようやく言った。
 「私、結婚するの」

 いきなり部屋の中に風が入り、カーテンが揺れる。俊郎はしばらく黙り込み、それから小さくうなずいた。
 「……幸せになるんだな」
 「うん。でも、ひとつだけお願いがあるの」

 俊郎が顔を上げる。葉子の声は震えていた。
 「あなたは、あなたのままでいて。変わらないで。どこにいても、今のままのあなたでいてほしいの」

 俊郎は何も言わず、ただ目を細めた。
 その沈黙が答えのようで、葉子はマグカップを置き、立ち上がった。

 「ありがとう。今日、会えてよかった」
 ドアノブを握る手が重い。けれど、振り返らない。
 今日の“さようなら”は、二人の記憶に刻まれる最後の言葉。
 その言葉が、胸の奥でいつまでも余韻を響かせて、夜の静けさに溶けていく。

ーおしまいー

-----------------・----------------- 
風(Kaze) - 22才の別れ


あなたに「さようなら」って言えるのは
今日だけ
明日になってまたあなたの
暖い手に触れたらきっと
言えなくなってしまう
そんな気がして………
私には 鏡に映った
あなたの姿を見つけられずに
私の目の前にあった
幸せにすがりついてしまった

私の誕生日に
22本のローソクをたて
ひとつひとつがみんな君の人生だね
って言って
17本目からはいっしょに火をつけたのが
昨日のことのように………
今はただ5年の月日が
永すぎた春といえるだけです
あなたの知らないところへ
嫁いでゆく私にとって

ひとつだけこんな私の
わがまま聞いてくれるなら
あなたは あなたのままで
変わらずにいて下さい そのままで

最後までお読みくださりありがとうございました。
にほんブログ村 ライフスタイルブログ シニアのシンプルライフへ
にほんブログ村