【渡良瀬橋】ふたたび
両親を見送り、ノブはぽっかりとした空洞を胸に抱えて生きていた。
介護の日々が終わったのに、自由は少しも甘くない。
「することがない」という空しさだけが、ノブを縛りつけている。
そんなある日、タカシは久しぶりに足利へ取材にやって来た。
駅前から歩きながら、ふと独り言を漏らした。
「もう何年ぶりだろう」
「どのへんだったっけなぁ」
「あ!……あったあった」
そこには昔と変わらぬ喫茶店が残っていた。
ドアを開けると、タカシの心臓は爆発しそうに跳ねる。
「彼女がいてくれたらなぁ……」
しかし、振り向いて「いらっしゃいませ」と言ったのは別の女性だった。
「……あぁ」思わず声が漏れた。
心の中で期待していた分、失望は大きい。
「お客様、ご注文は?」と女性が笑顔で尋ねてくる。
「うーん……アイスコーヒーでいいや。」
「……そうだ、前にここにいた朝田ノブさんって、知らない?」
ダメ元で聞いた問いに、女性は「あぁ」と頷いた。
「朝田さんなら……ご両親の介護が大変になって、ここをやめちゃったんですよ」
「そうか……」タカシは小さくため息をついた。
「お知り合いなんですか?」女性がさらに聞いてくる。
「う、うん。とってもかわいらしい子で、気の合う子だったんだ」
「まぁ……」
女性は驚いたように笑い、ノブの自宅の住所を教えてくれた。
夕暮れ近く、タカシはノブの家を訪ねた。
インターフォンを押す。
「ピンポーン」
返事はない。
「ピンポーン、ピンポーン……」繰り返しても、家は静かなままだった。
しばらく立ち尽くしたあと、タカシは夕空を見上げた。
「そうだ……渡良瀬橋の夕陽、また見に行ってみよう」
橋に差しかかると、中央にひとつの人影が見える。
夕陽をじっと見つめるその背中。
「……あの人も、夕陽を見てるのかな」
歩み寄るごとに胸の鼓動が早まる。
「まさか……いや、でも……」
思い切って近づいたそのとき、女性がゆっくりと振り返った。
「……あ!」
「えーーーー!!」
二人の声が同時に重なった。そこにいたのは、紛れもなくノブだった。
「なんで……なんでここにいるのよ……」
ノブの目に涙が溢れた。
「取材で足利に来たんだ。でも……本当は……君に会いに来たんだ」
タカシの声も震えていた。
「私……両親を見送ってから、もう心がからっぽで……」
ノブは言葉を詰まらせ、大号泣した。
「でも今日……タカシが来てくれて……やっと……埋まったの……」
タカシはその肩を抱きしめた。
「ノブ……僕と結婚してほしい」
「ばかね……そんなの……ずっと待ってたんだから!」
涙でぐしゃぐしゃになりながら、ノブは笑った。
数か月後。タカシの町の教会。
鐘が鳴り響き、誓いの言葉を口にする。
「……誓います」タカシがはっきりと答えた。
「……はい……誓います……」ノブは震えながらに言った。
参列者の拍手の中、ノブは大号泣したままタカシにしがみついた。。
「だって……幸せすぎるんだもん!」
タカシは微笑み、彼女の涙をそっとぬぐう。
「ノブ……泣き虫は相変わらずだな」
そして涙の海の中で、二人は固く結ばれた。
ーおしまいー
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この歌しか思いつかないんですよ
はしだのりひことエンドレス 『嫁ぐ日』