神々の裁きと愛
私は机の上にそっと布切れを置き、息をついた。
淡い光を帯びたその布は、朝露に濡れた花びらのように儚く、手にした瞬間、世界の重力が揺らいだような錯覚を覚えた。
「先生……どうしたらよいでしょう。私、道端でパンティを拾ってしまったのです」
人生アドバイザーの女性は、白衣の袖を揺らし、私の言葉を静かに受け止めた。
その瞳の奥には、知性と、わずかに隠された感情が揺れている。
(彼が……こんな些細なことで、私を頼るなんて……)
心の奥に芽吹いた喜びを悟られぬよう、彼女は慎重に微笑んだ。
「……なるほど」
彼女は低く、ゆっくりと語り始めた。
「これはただの布ではありません。宗教的に申せば、パンティもまた偶然が生み出した試練、神々の戯れなのです。
理化学的に見れば、繊維の密度、弾性、光の反射……触れたときの心地よさまで科学で説明できます。
しかし哲学的には、あなたの存在と布との関係、あなたの心の動揺こそが真の議題なのです」
私は息を飲んだ。
「……責任は、私に……?」
彼女は静かに首を振る。
「責任など、あなたを縛るものではありません。
思い出してください、ギリシャ神話の女神アテナは、知恵と戦略を司ります。
あなたの選択こそ、知恵の試練です。
パンティを裁断して他のものに変えるか、社会に返すか、あるいは心に秘めるか――いずれも試練なのです」
私は手元の布を見つめた。柔らかく揺れるそれは、まるで運命の糸を織るモイライの手のように、私の人生に絡みついていた。
「……でも、裁断して他のものにするのは、ちょっと変態っぽい気もします」
私がつぶやくと、彼女は微笑んだ。
「変態かどうかは関係ありません。ヘルメスのいたずら心を思い出してください。神々は、人間の好奇心を楽しみ、時に試すものです。
あなたが拾っただけの布に振り回されるのも、また神々の戯れでしょう」
彼女の声は、静かに、しかし私の心に炎を灯すように響いた。
(彼女は、私を案じている……)
彼女は最後に囁いた。
「……あなたがもし、このパンティを恥じるなら。代わりに、私が頂きましょう。それは、私のために大切に使います」
静寂の中、パンティはただの布であるはずなのに、それは突然、二人を結ぶ秘密の象徴となった。
彼女は頷き、そっと目を細めた。
「そうすればパンティも新しい使用者を見つけ、あなたの心も清浄を保てます。そして私たちの間には、この神々の試練を共有した秘密が残るのです」
夜風が窓から入り、柔らかく揺れるパンティを撫でる。
モイライの糸は静かに解かれ、アテナの知恵は微笑み、ヘルメスのいたずら心は楽しげに私たちを見守っている。
パンティは彼女の股の間に、そして神々の物語の一部として、静かに残ったのだった。
ーおしまいー
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【神々の詩】 姫神